退職教員の実践アウトプット生活

教育、読書、映画、音楽の日々雑感

「スマホ脳」アンデシュ・ハンセン著

先週は福岡の小学生とマイアミの大学生との交流授業のテスト送信を行いました。大学生2人と校長先生、担任教師の顔合わせを行い、授業の流れを確認しました。来週の授業が楽しみです。今日は友人から教えてもらった本の紹介です。

 

スマホ脳」アンデシュ・ハンセン著 久山葉子訳 新潮新書

 

スマホの害について気になりませんか?

私は気になります。自分が機械を使っているともりでも、いつのまにか機械から自分が支配されているように感じることがあります。夢中で見ているといつの間にか時間がたっていることがあるので、使い過ぎないようにいつも気を配っています。

先ほど調べてみると、日本人の1日のスマホ利用時間の平均は3時間7分ということです。10代女子の1割は何と10時間以上でした!

 

目次

1 人類はスマホなしで歴史を作ってきた

2 ストレス、恐怖、うつには役目がある

3 スマホは私たちの最新のドラッグである

4 集中力こそ現代社会の貴重品

5 スクリーンがメンタルヘルスや睡眠に与える影響

6 SNS―現代最強の「インフルエンサー

7 バカになっていく子供たち

8 運動というスマートな対抗策

9 脳はスマホに適応するのか?

10 おわりに

 

 

テクノロジーが私たちにどんな影響を与えるのか、スティーブ・ジョブズほど的確に見抜いていた人は少ない。たった10年の間に、ジョブスはいくつもの製品を市場に投入し、私たちが映画や音楽、新聞記事を消費する方法を変貌させた。コミュニケーションの手段については言うまでもない。それなのに自分の子供の使用には慎重になっていたという事実は、研究結果や新聞のコラムよりも多くを語っている。 

 

アイフォーンで世界を変えてしまったスティーブ・ジョブズは、誰よりもその恐ろしさを知っていたのだと思います。

機会が人間を支配したり、一部の人間が大衆の心をいつのまにかコントロールしたりするSFがあります。

「そんなことにならなくてよかった」と思って安心していると、実はよく見えないだけで、もうそんな世界になっているのかもしれません。

本書から

SNSには脳の報酬中枢を煽る仕組みがある

IT企業トップは子供にスマホを与えない

“心の病”が増えたその理由

スマホとの接触時間が利益になる企業

SNSが女子に自信を失わせている

幼児にタブレット学習は向かない

マルチタスクができる人間はごく僅か

私たちのIQは下がってきている

集中力を取り戻す具体的な手段

 

1万人近い10歳児に5年間、精神状態、友達や自分の見た目、学校や家族に満足しているかという質問をしたところ、年を経るごとに、全体的な満足感が下がっていった。おかしなことではない。基本的にその年頃は、幼い頃よりも人生がつまらなくなっていくものだ。脳のドーパミンのシステムがその頃に変化するのも一因かもしれない。ここで興味深いのは、特にSNSをよく使う子の方が満足度が低いことだ。ただ、その傾向は、女子だけに見られ、基本的には女子の方がSNSを利用している。研究者たちの推測はこうだ。「SNSというのは常に繋がっていなければならないものだ……彼女たちは“完全な容姿”や“完璧な人生”の写真を見せられ、自分と他人を比較するのをやめられなくなる」

 SNSが、一部のティーンエイジャーや大人の気分を落ち込ませ、孤独を感じさせ、さらには自信まで失わせているという兆候が大いにある。特に、女子がひどく影響を受ける。しかも、その影響はもっと広範囲に及ぶのかもしれない。

  

この部分を読むと悲しくなります。

世界中のたくさんの十代の女の子たちが、スマホによって精神の安定を奪われ、自尊感情を低下させています。

小学校では情報機器の適切な使い方を指導していますが、それを更に進めなくてはならないでしょう。

睡眠障害、うつ、記憶力や集中力、そして学力の低下。その多くはスマホが原因で起きている実態はもっと周知されるべきです。

スマホは楽しく便利なものですが、その負の部分をしっかり見つめないといけませんね。

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「世界一ポップな国際ニュースの授業」藤原帰一・石田衣良

先週は道徳の授業をしました。飛び入りの授業で、同じ題材を繰り返すので、少しずつ改良を重ねて、3度目にはどうにか納得できる結果になりました。

しかし、教材への「思い入れ」は大切ですね。教材はオスカーワイルドの「しあわせの王子」です。少し前に本を買って熟読していたので、子どもたちにも何とか伝えたいという願いが通じたのかもしれません。

さて、今回紹介するのは世界情勢について学べる対談本です。

 

「世界一ポップな国際ニュースの授業」藤原帰一石田衣良 文春新書

 

面白かった!

藤原帰一さん(東京大学大学院政治学研究科教授)と石田衣良さん(直木賞作家)は私とほぼ同世代なので、知っている映画や本がたくさん出てくるので楽しく読み進めることができました。

 

藤原 自分が生きている意味を教えてくれるのでしょうね。自分がこの世界に存在するのは、自分自身に価値があるからだと考えるのではなく、自分がコミュニティに属し、そのコミュニティが永続することが重要だと考える。しかも、そのコミュニティは長い間虐げられてきた歴史を抱えている。今こそ立ち上がって戦う時がきた、と。この物語は汎用性があります。

石田 中国、ロシア、そしてイスラム急進派、みんな自分が被害者なんですね。小説でもそうなんですが、一番面白くて心躍るのは復讐劇なんです。それが現実の世界でも、みんな復習したいと考えているのは、やりきれないですね。

藤原 権力者の側は、そういう国民の復讐感情を盛り上げることで、自分への忠誠心と、国民としての忠誠心を一体化させることもあります。

石田 共通の敵を仕立てて、権力者も国民も同じ被害者なんだと思わせる。

 

ナショナリズムが人々の心をつかむ理由は何でしょう?

私は自分の中にあるナショナリズムについて考えます。

家族のために、みんなのために、国のために自分を犠牲にすることを尊いと思う気持ちはあります。

しかし、そのことについては冷静に考えないと、一部の人の利益のために奉仕させられていることもあるでしょう。

しかも、時には、悪意がないだけでなく、善意からそれを他人へ押し付けようとする場合があることです。

それを防ぐには常に異論に耳を傾ける姿勢を持ち続けることだと思います。

自分は絶対に正しい、と思わないことです。

 

藤原 アジアに目をむけると、シンガポールはかつて日本の製造業をモデルにしていましたが、すでに新しいモデルに切り替え、アジアの金融センターとして発展しています。そうやって、海外の優れたモデルを常に学んでいるんです。

石田 ネットフリックスのアジア部門は、シンガポールに本社があるんですよ。昔なら絶対に東京だったのに、悔しいですね。

藤原 東京はすでにローカルマーケットの一つになってしまったんです。ただ、日本国内にいると、そうした現状に気づかないかもしれません。

石田 そうですね。これだけ世界的にハリウッド映画全盛なのに、映画館に行けば多くの日本映画を選べる。もちろん、コロナ前の話ですけど、国産の映画を楽しめる国はもはや少数派です。そこそこの稼ぎがあって、そこそこの生活で満足するのであれば、日本はとても居心地のいい国だと思いますよ。

藤原 外に打って出る勢いもないし、ぬるま湯状態で、ゆっくりと縮小していくだけですよ。

石田 コンテンツ産業で言えば、韓国はあたらしいビジネスモデルを確立しましたよね。映画やドラマにしても、K-POPにしても。日本のコンテンツ業界は、韓国をモデルにして、海外での売り方など徹底的に研究するべきですよ。

 

「日本はすごい!」という話を聞いて喜ぶ気持ちは分かります。

メジャーリーグの大谷選手のニュースはついチェックして、活躍していると自分のことのようにうれしくなります。

外国の方から日本のアニメをほめられると、とても誇らしい気分です。

でも、世界的の状況は変わっています。

日本の会社の世界ランキングにおける順位は20年前と比べると無残な結果です。

もっと謙虚になって他の国から学ばないと、日本は衰退することになりそうです。

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「英語独習法」今井むつみ

先週は、給食に「あなご」が出ました。驚きの食材は和牛、鰤、鯛と続いています。しかし、子どもは「ありがたみ」がよく分かっていないようです。分からないですよね。

さて今日も本の紹介です。

この本は売れています。新聞の書評でも取り上げられ、本屋でも平積みされています。
2020年12月18日に発行され、私がもっている2021年1月28日版ですでに4刷です。
著者の今井むつみさんは、認知科学言語心理学発達心理学の専門家。
「ことばと思考」「学びとは何かー〈探求人〉になるために」「言語と身体性」などの著作があります。この本のよさは、単に英語の独習法がわかるというだけでなく、「学び」や言語の仕組みが丁寧に解説されているところです。

学習のときに何が起こるか考えてみよう。教える側がどんなにわかりやすく教える内容を提示しても、それが学習者の期待と一致しないもので、学習者が別の情報を期待していれば、教えられた情報に気づかず受け流してしまう可能性が高いのである。学習者がどんなに集中して聴いたり読んだりしていても、である。

これをどう思いますか?
当たり前と思うかもしれませんが、これを考えないまま授業をしている教師は少なくないと思います。
よい教材を分かりやすく教えれば、それはきっと子どもたちに伝わると考えてしまいます。子どもの特性や興味と合わなければ伝わらないのに。

スキーマとは「知識のシステム」ともいうべきものだが、多くの場合、もっていることを意識することがない。母語についてもっている知識もスキーマの一つで、ほとんどが意識さらない。意識にのぼらずに、言語を使うときに勝手にアクセスし、使ってしまう。子どもや外国の人がヘンなことばの使い方をすれば、大人の母語話者はすぐにヘンだとわかる。しかし、自分がなぜそれをヘンだと思うのか、わからない。母語のことばの意味を説明してくださいと言われたときに、ことばで説明できる知識は、じつは氷山の一角で、ほとんどの知識は言語化できない。これは、自転車に乗れても、脳にどのような情報が記憶されているから自転車に乗れるのかが私たちには説明できないのと同じことだ。

日本語を学習している韓国の方と話したときのことを思い出しました。似たような意味をもつ二つ日本語についてその違いを尋ねられました。
ほとんど同じような使い方をする二つのことば、その違いを意識して使い分けができるかどうか。このことは母語でも外国語でも同じですね。
この「非常に複雑で豊かな知識のシステム」であるスキーマの重要性がよくわかります。

幼児期という短く貴重な時間の中で子どもが何を学ぶかがもっとも大事で、そのために大人はどのような環境を提供すべきか。○○国では、○○メソッドが効果をあげているという情報を参考にしつつも、自分が暮らす環境の中でどうしたら子どもがもっとも楽しく、よく学ぶことができ、子どもが大きくなってからの幸せにつながるのかを考えてほしい。幼児期に他の子どもに先んじて少しの英会話ができるより、成人になってから、英語をプロフェッショナルレベルにまで極めていける術をみにつけたほうが、最終的には絶対に有利なのである。(幼児期に育てるべきことばの力は何か、そのために親が何をするべきかについては拙著「親子で育てることば力と思考力」(筑摩書房)をご一読いただきたい。)

幼児期に身につけさせたい大切な力は何でしょう?
母語の力、非認知能力、やり抜く力(グリット)などが思い浮かびます。
安定した母語の基盤がなければその後の外国語の学びに深まりはないでしょう。
うまくできなかったり、失敗したりしてもあきらめずに挑戦を続ける心も大切です。
問題を解かせたり、表現させたりすることは重要ですが、幼児期に必要なのはその基盤を固めることだと思いました。

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村上JAM

昨日は土曜オンライン授業が終わった後、JR箱崎駅よこのブックスキューブリックに寄りました。

ここは私が大好きな本屋です。

1階が本屋、2階はカフェ&ギャラリー。

エッセイ、海外文学、ライフスタイル、音楽関係など、とにかく本のセレクトが最高です。

店内BGMもいい感じで、昨日は60年代のローリングストーンズが心地よい音量で流れていました。

小さな本屋を応援したいので、今回も2冊購入しました。

さて今日はコンサートレポートです。

 

村上JAM

 

久しぶりのコンサートです。

オンラインLIVEを初めて体験しました。

何しろあの村上春樹プロデュースなので、即決チケットを購入して約1ヶ月楽しみに待ちました。

オンラインコンサートというのは映像を見るだけじゃないかと思っていましたが、違います。

つまり、こちらの構え次第だと分かりました。

せっかくだから生のライブのときのように、一瞬も逃すものか、という気持ちで見れば本物のライブと変わらない感動を味わえます。

私は休憩をはさんだ約3時間をあっという間に感じました。

今回はボサノバ特集。音楽監督はジャズピアニストの大西順子で、小野リサ村治佳織山下洋輔が共演です。

LIVEではすばらしい瞬間がたくさんありましたが、私のベスト3は以下の通りです。

村治佳織の伴奏つき村上春樹の朗読「1963年と1982年のイパネマの娘

明るさの中にスパイスのように添えられた哀しみが静かな余韻を残します。

自分はやはり初期の短編(詩のようなもの)が一番好きなのかもしれないと気づきました。

大西順子のピアノ

村上さんから「大西順子がいい!」と言われて聞いても正直なところ、よさがよく分かりませんでした。

しかし、今回のライブには圧倒されました。

私が感じたのは力強さです。

一音一音がエネルギーに満ちていて、大西さんはそれを直球で投げてきます。

聞き手は最高の球を受けるキャッチャーのように幸せな気分になります。

大西さん、今まですみませんでした。

小野リサの歌声

小野さんと村上さんの会話の中で、ボサノバにおけるポルトガル語の効果についての話がありました。

小野さんはブラジル生まれの日本人ボサノバ歌手。

日本、ブラジル、ポルトガル語、そしてボサノバ。

「ボサノバのリズムはもともと日本人の体の中にある」という話もありました。

そうか、だから私はこの音楽に惹かれるのか。

小野さんの限りなく美しい歌声。

私には「世界はまだだいじょうぶだよ」というささやきに聞こえました。

 

「退屈な授業をぶっ飛ばせ! 学びに熱中する教室」マーサ・ラッシュ著 長崎政浩・吉田新一郎訳

先週は、マイアミの友人と2回目のオンライン会議。

現地2人の大学生を福岡市の小学校の教室にオンラインで招くことになりました。

英語学習と文化交流を行う予定です。

さて今日は教育ドキュメントの紹介です。

 

「退屈な授業をぶっ飛ばせ! 学びに熱中する教室」マーサ・ラッシュ著 長崎政浩・吉田新一郎訳 新評論

 

この本の著者、マーサ・セヴェトソン・ラッシュは元新聞記者。新聞記者として学校教育に関わるうちに自らも教壇に立つことを熱望するようになりました。

その後、高校で20年間ジャーナリズムや政治経済などを教えています。

以降、生徒が夢中になって学べる方法を探求しています。

 

目次は以下の通りです。

1 夢中になれる学びをすべての生徒に

2 答えはすぐそこにある

3 ストーリーテリング 心を動かす物語の強み

4 PBL 生徒が問題解決の主人公

5 シミュレーション 生徒を引き込むロールプレイ

6 コンテスト 競争の新しい意義の発見

7 本物の課題 責任を負うことの価値

 

本書「第3章 ストーリーテリング」「なぜ、ストーリーを使うのか」には下記のような引用があります。

ベネットは、単なる事実よりも物語が人々を惹きつける理由として次の七つがあると言っている。

①物語は、語り手と聞き手が共有するものである。

②物語は、イマジネーションや感覚に火をつける。

③物語は、自分自身を開示する安全な方法である。

④物語は、事実よりも記憶に残りやすい。

⑤物語は、繰り返し語られる。

⑥物語は、聞き手の反応を引き出す。

⑦物語は、目的や意味を明らかにしてくれる。

 

これらの考え方や手法は今まで日本でも優秀な教師によって試みられてきたことです。

しかしこの本でその意義や効果を確認できます。

私は今月、5つの学級で道徳科の授業を行います。

新型コロナウイルスに関連したニュース動画を教材に使う予定です。

この本で学んだ手法を実践してみます。

授業で心がけることは、

「題材を一つの心動かす物語として提示すること」

「子どもたちには答えを与えるのではなく、社会に実際にある問題を与える」

「解決の方法を示さずに問題解決に当たらせ、自分たちで解決策を探し出させる」

子どもたちが熱中して、しかも思考力や表現力が高まる授業づくりにチャレンジしたいと思っています。

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「出口版 学問のすすめ」 出口治明

先週は指導要録の書き方についての資料を作りました。

今年度から指導要録が変わりました。

文科省は教師の負担軽減の観点から記述の簡素化を促しています。

変更点、留意事項、記入忘れが起きやすい箇所についてまとめました。

さて、今日は出口治明さんの本を読んで考えたことを書きます。

 

「出口版 学問のすすめ」 出口治明 小学館

 

日本が新型コロナウイルスの大きな危機に直面してもう1年が経過します。

この期間、今まで見えにくかった様々な社会の不備が明らかになってきました。

その一つは、日本は危機に対する備えがほとんど何もできていなかったことです。

台湾や韓国などは2003年のSARSの経験からもしこのようなことが再び起きたらどうするのか、という対策すでに行われていました。

それに比べて日本は合理化、効率化の名目で逆に医療体制は縮小されていました。

保健所の数も病床数も少なくなっています。感染症に対する備えはほとんどできていなかったことが分かりました。

そしてこの1年の日本の危機対応を見ていると、とても適切とは思えません。

危機管理の基本は最悪の事態を想定することです。

どんな事態が想定されるのか、その場合にどう対応すればいいのか、プランAがいいのかプランBがいいのか、それについて時間をかけた丁寧な議論が必要なのにそれが行われていません。

いつの間にか深刻な政治の劣化が進んでいることが分かりました。

それは私たちの責任です。

私たちが言葉に対して厳しさを失ったことが原因だと思います。

 

言葉と思考

人間は言葉で考える生き物であり、言葉は思考の手段です。その言葉をきちんと使いこなすことができれば、物事を考えるための強い武器になるでしょう。逆にいうと、言葉をいいかげんに使っていれば、物事を深く考えることはできません。

 

勉強は、まず大人から始めよう

一部の人は問題意識を持っていると思いますが、社会全体としては、危機に反応する力が衰えているように見えます。それは、「メシ・フロ・ネル」の長時間労働の中で勉強する時間が持てないからです。それは一般の人たちだけでなく、新聞社や出版社、テレビ局などのメディアも同じで、客観的な相互検証が可能なファクトに基づいた報道を必ずしも行っていないように感じます。加えて、いまや日本全体に学ぶ意欲がなくなっており(その象徴が、海外で学ぶ留学生の減少です)、それが日本の衰退に結びついているような気がします。

メディアは何よりもファクトチェックを行い続けなくてはならないのに、逆に一部のメディアは人々を惑わすような言説をまき散らしており、しかもそれがウケるので粗悪な情報が拡大再生産されています。反中本、嫌韓本、そして日本礼賛本が根強い人気を保っているのは、悪貨が良貨を駆逐する好例でしょう。中国の書店に行っても、「日本はこんなにひどい国だ」などと主張している本はほとんど見られません。それよりも中国の皇帝や、偉大な漢民族の歴史に関する本、ベンチャーやビジネス本が大勢を占めています。

 第1章で、常識を疑うことの大切さに触れましたが、「酸っぱいブドウ症候群」にともなう歪んだ発言には気をつけなければいけません。一見もっともらしくて、傷ついた自尊心を癒してくれるように見えますが、問題の根本的な解決には何の役にも立たないからです。

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「推し、燃ゆ」 宇佐見りん著

昨日は現在マイアミに住んでいる友人とZoom会議をしました。

二人のキューバアメリカ人の大学生兄弟を紹介されました。

二人とも日本が大好きで、日本文化について学んでいるそうです。

好きなものを聞くと、宮崎駿監督のアニメ、黒澤明の映画だと教えてくれました。

今、読んでいるのは川端康成宮本武蔵

私からは、日本ではこの本が話題になっているよ、と「推し、燃ゆ」を紹介しました。

これから月に1回、オンラインで日本文化と日本語について教えることになりました。

さて、今回はその本の紹介です。

 

「推し、燃ゆ」 宇佐見りん著 河出書房新社

 

この本を読む前に新聞に掲載された宇佐見さんの長文エッセイを読みました。

21歳の大学生の書いたものとは思えませんでした。

それは単に文章力のことだけではありません。

対象のどこに着目するか、ということ。

自分ならではの視点で出来事を切り取る力があるということ。

何かを見たときに、その中から価値あるものを発見する力がある。

それが伝わってきたので驚きました。

 

この物語の主人公「あかり」は様々な「重さ」に苦しんでいます。

それに対して「推し」は軽い自由な存在として描かれます。

あかりと推しとの結びつきが強くなりそこに喜びを感じることの一方、あかりと実生活との軋轢は激しくなるばかりです。

「推しを推すこと」を生活の中心にして総てをそこに注ぐ。

「推し」を自分の「背骨」のように感じる。

もはやスターとファンの関係ではありません。

愛や信仰とも異なる何かが提示されますが、その解釈は読者に委ねられます。

宇佐見さんはインタビューで「自分の言葉で書く」ことを強く意識していたと語っています。

ここにはまぎれもない作家自身の言葉があります。

 

ピーターパンは劇中何度も、大人になんかなりたくない、と言う。冒険に出るときにも、冒険から帰ってウェンディたちをうちへ連れ戻すときにも言う。あたしは何かを叩き割られるみたいに、それを自分の一番深い場所で聞いた。昔から何気なく耳でなぞっていた言葉の羅列が新しく組み換えられる。大人になんかなりたくないよ。ネバーランドへ行こうよ。鼻の先に熱が集まった。あたしのための言葉だと思った。共鳴した喉が細く鳴る。目頭にも熱が溜まる。少年の赤い口から吐き出される言葉は、あたしの喉から同じ言葉を引きずり出そうとした。言葉のかわりに涙があふれた。重さを背負って大人になることを、つらいと思ってもいいのだと、誰かに強く言われている気がする。同じものを抱える誰かの人影が、彼の小さな体を介して立ちのぼる。あたしは彼と繋がり、彼の向こうにいる、少なくない数の人間と繋がっていた。

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