退職教員の実践アウトプット生活

教育、読書、映画、音楽の日々雑感

「ムスコ物語」ヤマザキマリ著 幻冬舎

子育てに限らず、家族や知人や同僚など、人間の社会の中で望まない齟齬や誤解が発生しても、やがてありのままを包括し、認め合いながら生きていけるようになるためのヒントになってくれたら嬉しいし、デルスにも示しがつく。(本書 「はじめに」より)

 

これはヤマザキマリさんが息子のデルスくんの子育てについて語った本です。「自分にはこんな発想はなかったなあ」「こんな風に考えることができたらいい」という発見がいっぱいある本でした。自分は「家族は普通こうあるべき」という枠にはまった思考しかできていなかった、と気づかされました。

 

デルスくんは両親と一緒にポルトガルに転居してすぐに、言葉もよく分からないまま、3泊4日の子どもキャンプに参加します。帰ってきて本人は何も言わなかったのですが、母親は寝袋に異常があることに気づきます。デルスに聞いてみると、誰かからハチミツを入れられていたことを明かします。母はそれを聞いて激怒するのですか、「いいって。いいって」と息子は冷静です。ヤマザキさんは語ります。「何はともあれ、自分の14歳のひとり旅と同じく、楽しい楽しくないは別として、彼にとってはきっとどこかで役に立つ経験だと思うことにする。もしかすると私たちには推し量れないくらい傷付いていたのかもしれないが、そんな辛さも屈辱も強い大人になるには必須栄養素だと都合よく捉えることにする。」(本書 第二話 おかえりデウス より)

 

ヤマザキさんの言葉をたどってみると、自分の感情をストレートに吐露する部分と、深い思考のもとによく確かめながら言葉を選んでいる部分が絶妙なバランスで組み立てられていることが分かります。それがこの本の大きな魅力です。

 

国際引っ越しや無謀な旅を除けば、母は決して私に理想のようなものを押し付けてくることは一切なかった。「もっと勉強しろ」とか「世間に恥ずかしくないようにしろ」「成功を目指せ」などといったことは、まったく言わなかった。友達付き合いや遊びに対しても規制を掛けてくるようなことは、一度もなかった。むしろその逆だ。母は私に失敗を含めたありとあらゆる経験を推奨し、逆に勉学や教育がそれらの妨げとなることを望まなかった。言い換えれば、私個人が社会的な風習に縛られたり、妥協して長いものに巻かれることを、母は何よりも嫌っていた。(本書 あとがきにかえて「ハハ物語」山崎デルス より)

 

「レイニー河で」ティム・オブライエン著 村上春樹訳

ロシアがウクライナに侵攻を開始して2カ月になりました。現在はマリウポリでの攻防が続く中、ロシア軍の民間人への残虐行為が次々と明らかになっています。

「同志少女よ、敵を撃て」を読み終えて、再読したのがこの「レイニー河で」です。著者のティム・オブライエンベトナム戦争を体験したアメリカの作家です。この作品は連作短編集「本当の戦争の話をしよう」の中の一作。道義的に賛成できない戦争に徴兵された若者の心情を描いた作品です。

 

私が子どもの頃、テレビでは毎日のようにベトナムでの戦争の様子が報道されていました。日本で徴兵を拒否した兵士たちを支援する活動が紹介されていたのも覚えています。そこで感じたことは、大義に賛同して戦う兵士と、反対の意思表示をして離脱する兵士がいるということでした。しかし、今思い返してみると、自分の認識には大きな欠落があったことに気づきます。大部分の兵士は、その二つの間の葛藤を抱えて戦場に送られたのだろうということです。

 

この物語の若者(おそらく著者の分身)も、戦争反対の意思を抱えながらも、自分の面目を保つために戦争へ行くことを決めます。小舟でカナダへ逃亡するか戦争に行くかという選択肢の間で引き裂かれる様子が描かれます。ティム・オブライエンの文章は強い力で私たちの心を揺さぶります。

 

その小さなアルミ製のボートは私の下でゆるやかに揺れていた。風が吹き、空が広がっていた。

私はなんとか自分自身の存在をボートから放り出そうとした。

私はボートの縁を掴み、前に体を傾けてこう思った。さあ今だぞ、と。

なんとかやってみようとした。でもそれはどうにも不可能なことだった。

私の上に注がれたすべての目 その町、その宇宙  そして私はどうあがいても体面を捨てることができなかった。観客たちが私の人生を見守っているように私には思えた。河面じゅうにそういう人々の顔が渦をまいていた。人々の叫びが聞こえた。裏切者! と彼らは叫んでいた。腰抜け野郎、弱虫! 顔が赤くなるのが感じられた。私はあざけりや不名誉や愛国者どもに馬鹿にされることを我慢することができなかった。たとえ想像の世界だけでも、岸から二十ヤードしか離れていないその場所にあっても、私には勇気を奮い起こすことができなかった。それはモラリティーとは何の関係もない。体面、それだけのことだった。

そしてそこで私は屈伏してしまった。

 俺は戦争に行くだろう 俺は人を殺し、あるいは殺されるかもしれない それというのも面目を失いたくないからだ。

 私は卑怯者だ。それは悲しいことだった。そして、私はボートのへさきに坐って泣いていた。

 泣き声は大きくなっていた。私は声をあげて、激しく泣いていた。(本書63ページより)

 

「2年生担任のための国語科指導法 低学年のうちに習得させたい国語の学び方」土居正博著 明治図書

  新学期が始まって各学校への2回目の訪問が終わったところです。個々の教師や学級の課題はざまざまですが、まずは子どもたちに「聞く力」を育ててほしいと伝えています。

  私が見た学級の多くでは「発表している人の方を見て聞きましょう」「よい姿勢で聞きましょう」「手に何も持たないで」と態度面の指導が多かったです。もちろんこのような指導も大事ですが、「内容を聞き取ることができているのか」を問う指導こそが重要です。聞く態度はできているのだけど、実質は何も聞き取れていないことはよくあります。反対に聞いていないようで実はよく聞いている子もいます。聞き取れているかいないかは、聞き取ったことを言わせてみて初めてわかることです。その機会をできるだけ多くつくって、自分のクラスがどれくらい「聞く力」が育っているのかを教師が正確に把握することが大事です。同時に学級全体と個々の子どもにもその達成度を自覚させます。「自分はこんなに聞く力が伸びている」「クラス全体の聞く力はここまで高まっている」と分かれば意欲も高まります。

 

  では「実質的な聞く力」を育てるにはどうすればいいのでしょう? 子どもたちに自分が聞き取ったことを「言わせる」ことです。それを効果的に行うことができれば、子どもの「聞く力」は確実に伸びていきます。毎日の学校生活では、学習のことだけでなく生活のきまりなどでも注意を呼びかけたり指示したりすることがたくさんあります。それらの指示の後で、子どもたちに聞き取ったことを「言わせていく」のです。「先生の言ったことの一つ目は?」と問いかけて発表させます。授業中は、「今○○さんの発表したことを言える人?」と友だちの話を再生させます。朝会や行事でも、「今日の校長先生のお話は?」と問いかけます。

  「実質的な聞く力」を育てる一番いい方法は、聞き取ったことを「言わせていく」です。ただし、この指導ではタイミングには気を付けましょう。あまり頻繁にすると効果は薄れます。よい発言があったときなど、ここぞとという時に行います。

「聞く力」を高めるために、時には子どもたちにショックを与えることも必要です。友だちの発言を再生できない子が多かったら、「○○さんは一生懸命言ってくれたのに…」「本当に言えないの?」「それで友だちを大切にしていると言えますか?」と問い詰めます。授業は明るい雰囲気で進めることを基本としつつ、時には緊張感や厳しさも感じさせることも必要です。

「皆さん、よく聞きましょう」「分かりましたか?」ばかり繰り返していても「聞く力」を育てることはできません。聞いたことを「言わせていく」指導を効果的に取り入れることで、子どもたちの「聞く力」を高まっていきます。

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「同志少女よ、敵を撃て」逢坂冬馬著 早川書房

依然としてウクライナから目が離せない状況が続いています。

なぜこのような戦争が起きたのでしょう。

どうして終結できないのでしょう。

私はそんなことを考えながらこの物語を読み始めました。

第2次世界大戦におけるソ連ナチスドイツとの戦いは歴史上最も熾烈でした。

この戦いにおけるソ連側の死者は約2700万人と言われています。

これは独ソ戦に参加したある少女狙撃兵を描いた作品です。

「戦争は女の顔をしていない」(アレクシエーヴィチ著)の女性兵士の告白が見事な物語へと昇華しています。

特に物語後半の緊迫感、描写の鮮やかさには驚きました。

深い余韻を残すエンディングも秀逸。

今、ぜひ読むべき小説だと思います。

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「授業で語る 違いから迫る本質論」土居正博・松村英治著 東洋館出版社

4月からの仕事が決まりました。

市内の小学校4校の2~4年次の教師への授業支援をします。

毎日、授業を参観して、よかったところと改善した方がいいことについて助言します。

そのために、授業改善についての最新最良の知見を求めていました。

1988年生まれの2人の俊英によるこの本はわたしのバイブルになるでしょう。

 

これからの時代、授業はどう変わる?

デジタルとアナログはどのように使い分ければいい?

「不易と流行」の見極めは大切です。

しかし、デジタル機器導入は「一時の流行」ではありません。

タブレット端末やWeb検索などを全く使わないという選択肢はないでしょう。

昨年度は、「とにかく使ってみる」でよかったのですが、今年は「より有効に使うこと」を考えなくてはなりません。

昨年度は、デジタル機器を活用した4年生算数「面積」の授業を見ました。

子どもたちはタブレット画面で、図形を切り取り、移動させていました。

友だちがどのように問題を解いたのか、端末を通して見ることできます。

自分で解けない子はそれが参考になっていました。

友だちの考えにコメントもつけます。

端末を通した子ども同士の考えの共有は円滑に行われていました。

しかし、「授業の目標がどれほど達成されたのか」についてはもっと検証が必要だと感じました。

教師も子どももデジタル機器を使い慣れてきたことはよいことです。

デジタル活用のメリットとデメリットも分かってきました。

今後は、授業のねらいによって、デジタル機器を使い分けるようになるでしょう。

授業によって、使う時間が多いこともあれば、全く使わない場合もあると思います。

教師が授業の目的に応じてデジタル機器を効果的に活用し、子どもはデジタルとアナログの使い分けができるようになることが理想ですね。

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”The Lyrics:1956 to the Present” Paul McCartney , Paul Muldoon

不思議の国のビートルズ

 

英国でベストセラーになったポール・マッカートニーの”The Lyrics:1956 to the Present”を読んでいるところです。

これはポールが、自分がつくった歌、154曲について語った本です。

聞き手はポール・マルドゥーン。ピュリッツァー賞受賞のアイルランドの詩人です。

作曲した当時のエピソード、背景、歌詞の隠れた意味などはとても興味深いものばかりです。

前書きのところに、「不思議の国のアリス」とルイス・キャロルへの言及があったので、すぐに思い浮かんだのが「マックスウエルズ・シルバーハンマー」。

すぐにそのページを探して読んでみると、ありました。

ポールはルイス・キャロルからの影響を語っていました。

その他、ラジオで聴いた前衛演劇、実際の殺人事件などをもとにこの曲が生まれたようです。

昨年はドキュメンタリー映画ゲットバック」にくぎ付けになり、今年はこの本で再びビートルズに呼び戻されました。

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「BBQ型学級経営」渡辺道治著 東洋館出版社

信頼している土居正博先生の紹介でこの本を知りました。BBQ型学級経営とは参加型の学級経営のことです。学校教育や授業に保護者の参加を促せばどんな良いことが起きるのでしょうか?この本はそんな学級経営に取り組んだ渡辺先生の実践記録です。

 

現在の学校現場では、学校と家庭の分断が進んでいます。保護者から学校や教師へのクレームはめずらしいことではなくなりました。教師と保護者は互いに気をつかい過ぎているように感じます。筆者は学校が直面している課題を以下のようにキーワード化しています。

閉ざされた学校

奪われた憩いや遊び

蔓延るゼロリスク信仰

行き過ぎた除菌教育

学校教育のインスタント化

面白味や多様性の消失

当事者意識の希薄化

お客様意識とクレームの激化

サービス提供者への苛烈な要求

お互いを恐れ合う学校と家庭

これらの課題は、授業や学級経営をもっと子どもや保護者に「開く」ことによって解決できるのかもしれません。参加型学級経営では、教師と保護者はお互いの強みを生かすことができます。子どもと教師と保護者、それぞれが喜びと達成感を得ることができる方法です。

 

渡辺先生は、「参観授業をみせるだけでは終わらせない」と宣言しています。授業参観を「成長をハッキリ見せられるポイントを作る」「授業そのものを参加型にする」ように設計します。ここで紹介されているのが「オムニバス授業」です。いくつかの教科やユニットを組み合わせて行う授業のことです。例えば、国語「名詩名文の暗唱」、算数「ドット図の難問」、社会「日本の産業構造」、図工「絵画の鑑賞」、道徳「星野富弘さんの生き方」などを1時間の授業の中に短いユニットとして組み入れて行います。これは一つの教科や内容に絞っていないので、多彩な学習活動が可能になります。子どもたち活動の幅は広がり、成長や活躍を見せられるチャンスは増えます。

 

本書には、学級通信への保護者のフィードバックを増やした取り組み、子どもたちのイベントを成功させた事例、全国の教師から寄せられた参加型学級経営の実践例などが紹介されています。「BBQ型学級経営」は、現代の学校が抱えている課題を解決するためのヒントが満載の本です。

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