退職教員の実践アウトプット生活

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なぜ彼女はノマドの生活を続けるのか クロエ・ジャオ監督「ノマドランド」

戻ってきなよ 戻ってこいよ

お前がもといた場所に戻ってきなよ

(「Get Back」The Beatles

 

ビートルズの映画「ゲットバック」を見るためにディズニープラスに加入したら、前から見たかった「ノマドランド」あったのですぐに見ました。

映画「ノマドランド」の主人公は、車で生活する初老の女性です。

アマゾンの倉庫、国立公園などアメリカの地方都市で仕事を探して移動しながら生活しています。

非常に「静かな映画」ですが、始まってすぐにこの作品世界に引き込まれていました。

この作品が持っている強い力は何だろうと気になったまま映画は終わりました。

見終わってから解説を読んでその理由が分かりました。

この映画の主人公は役者ですが、その他のノマドを演じる人たちの多くは、本当のノマドの人たちが自分自身を演じているのです。

もうひとつ、この映画は人工の照明ではなく、自然光を使って撮影されています。

しかも、夜明けに日が昇る直前、日暮れに日が落ちた直後のマジックアワーに撮影されているのです。

独特の演出と撮影がこの映画の魅力と言えるでしょう。

 

この物語はアメリカ社会の現実です。

格差が広がるアメリカでは、定年まで普通に暮らしていた人々が、何らかの事情でノマドになっています。

主人公のファーンは夫を亡くした後、街の工場は閉鎖されました。

住民は次々と街を離れていき、住む人が誰もいなくなった街は郵便番号さえ消えたのです。

しかし、この映画はそんな社会問題を告発することを主題にはしていません。

ノマドの生活の過酷さも描きながら、自然と一体になったその美しさを表現しています。

 

ファーンは、男性から一緒に定住の居心地のよい家に住むことを提案されます。

しかし、それを受け入れずに、再びノマドの生活を続けることを選びます。

そして、映画はファーンがかつて暮らしていた家を訪れるところで終わります。

なぜ彼女はノマドの生活を続けることを選んだのでしょう。

 

映画「ゲットバック」は、ビートルズの映画「レットイットビー」の未公開フィルムを再構成して作った映画です。

ビートルズを一番大事な「友だち」のように過ごした人々にとって、これは自分自身の「古いアルバム」なのだからどうしてもこれを見ないままにしておくことができません。

ポールが「戻ってこいよ」と呼びかけている相手は、仲間のジョンとジョージとリンゴ、そしてビートルズ。このときビートルズは「瀕死の状態」でした。

ファーンに「戻ってこいよ」の声を届けたのは、失われた「家族との時間」。その声を彼女はアメリカの広大な自然の中から聞き取ったに違いないと思いました。