退職教員の実践アウトプット生活

教育、読書、映画、音楽の日々雑感

ここにも「一つの花」が  梯 久美子著「散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道」

先週は、1月6日から仕事を始めました。

6日は3校を回って、3学期の授業づくりについて一緒に考えました。

7日は、本務校のオンライン始業式に参加してから、午後に3人と面談しました。

始業式の朝の黒板には、担任からの新年のメッセージに「鬼滅の刃」「ワンピース」の登場人物たちの絵が添えてありました。

3学期初めの学級指導は、写真や動画のプレゼンを交えた興味深いものでした。

 

ここにも「一つの花」が  梯 久美子著「散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道新潮文庫

 

大泣きして父を困らせたのは、九歳のたか子だった。松原小学校に通っていたが、たまたま父兄会のために授業が短縮され、父の出発に間に合ったのである。普段は利発で聞き分けのいいたか子が何故かぐずるのを、この日は誰も叱ることができなかった。

迎えの車が門前に到着したのは、午後の早い時間である。父が死地に赴こうとしていることなど知るはずもない幼い娘は、しかし、車を見送った後も長いこと泣きやまずにいた。

 たか子がこの日いつまでも座り込んで泣いた玄関は、父との思い出の場所だった。時間に厳格な栗林は毎朝支度を早めに済ませ、副官が車で迎えに来るのを玄関で待つのが習慣だった。その短い待ち時間に「たこちゃん、踊りを見せてくれないないかい」と登校前のたか子に頼むのである。長じて大映ニューフェイスとして女優デビューすることとなるたか子は、上がり框を舞台代わりに『雨降りお月さん』を唄いながら、日本舞踊のまねごとをして父を喜ばせた。(本書第一章「出征」から)

 

映画「硫黄島からの手紙」(クリント・イーストウッド監督・製作、渡辺謙主演)を見たのが2006年。

2020年に梯 久美子著「サガレン 樺太/サハリン 境界を旅する」を読み、この本の存在を知りました。

これは「サガレン」で大ファンになった梯さんが書いた栗林忠道の本、大宅壮一ノンフィクション賞受賞、米・英・韓・伊など世界7か国で翻訳出版。

ずっと読みたいと思っていた本をやっと読むことができました。

 

米国への留学経験がある栗林は、開戦には反対していました。

戦争になれば、国力の違いから負けることが分かっていたからです。

それでも、他の高官たちが辞退する中、硫黄島総指揮官の命令を受諾します。

前任の総指揮官は硫黄島には在留せず、父島から指令を送っていたのですが、栗林は最後まで部隊の先頭に立って指揮を続けました。

 

栗林が硫黄島から家族に宛てた手紙を読むとその人柄がよく分かります。

優しくユーモアがあり、誰に対しても公平に接していました。

家では女中さんが洗う食器を、横に立って拭いてやることもあり、それだけでなく、食事の席には女中さんも同席させ、面白い話をして家族を笑わせていました。

水や食料が不足していた硫黄島で、栗林は自分だけを特別扱いすることを許さず、毎日飯椀一杯ほどの水ですべてを済ませていました。

戦いの準備をする間、栗林は毎日島を歩き回って兵士一人ひとりに声をかけます。

こんな総司令官だったから、二万余の日本兵が地獄のような戦場を戦い抜くことができたのでしょう。

 

梯さんの抑制のきいた文章と巧みな構成によって、栗林総指揮官と硫黄島に散った兵士たちの願いが鮮やかによみがえってきます。

歴史から学ぶことをやめたときに人は同じ過ちを繰り返すのでしょう。

手元に長く置いて何度も読み返したい本です。

 

たこちゃん、お父さんはこの間また、たこちゃんのゆめを見ましたよ。

それはたこちゃんがとてもせいが高くなっていて、お父さんくらいありました。そして、お父さんのズボンをはいていましたが、頭はおかっぱでした。

あまりせいが高いのでお父さんはびっくりしていたら、そこへ丁度お母さんが出てきましたので、二人でいつもよくしてあげたように、おっぷりまわしてやろうとしましたが、とても重くなっていて、それはできませんでした。(栗林から次女たか子あての手紙 昭和19年12月23日付)

 めそめそと赤ん坊のように泣くたか子を夢に見たのは、出征のときの泣き顔が眼前を去らなかったためだろうか。

 そして翌月、今度は大人になったたか子の夢を見ている。「せいが高く」「とても重く」なってはいても、たか子は父のおさがりのズボン(軍属の貞岡が仕立て直したものだという)をはいており、髪型は門前で別れたときと同じ「おかっぱ」のままである。栗林が成長したたか子の姿を夢の中以外で見ることは、ついになかった。(本書第一章「出征」から)

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今日の1曲「Whiter Shade of Pale(邦題:青い影)」Santana, Steve Winwood

サンタナの新しいアルバムからの1曲。

サンタナのラテンギターとウインウッドのボーカルが絶妙なブレンドです。

このメロディを聴くと、マーティン・スコセッシの映画「ニューヨーク・ストーリー」を思い出します。

若さを追い求める男のせつなさがこの曲に込められていました。

ロックミュージックの本質はこんなところにあるのかもしれませんね。