退職教員の実践アウトプット生活

教育、読書、映画、音楽の日々雑感

金のおの、ソール・ライター、野原

1年生の道徳「金のおの」を参観。自分でおのを池に落とした2番目の男は「自分が落としたのは金のおのです」と嘘をついたので、女神はそのまま何も言わずに消えてしまいます。その男の気持ちを吹き出しに書かせると、「せめてじぶんのおのだけはかえしてほしい」を発見。1年生最高!

大宰府の梅 2023年2月23日

福岡市美術館で「永遠のソール・ライター」を観ました。「これ、撮影、失敗しとっちゃない」「これはほとんど盗撮やね」という妻のつっこみを聞きながら楽しく鑑賞しました。

ソール・ライターは絵画も描いていました。画面構成は、抽象絵画の技法を写真に転移させたものだと感じました。

後に心を病んで施設で一生を終えたという妹デボラの眼差し、恋人ソームズ・バンドリーのスナップが印象に残りました。極私的な作品が逆に普遍性を持つということでしょうか。

 

「野原」ローベルト・ゼーターラー著 浅井晶子訳

 

ひとつひとつの声がもう一度聞く耳を得たらどうなるだろうと、男は想像してみた。もちろん、それらの声は人生について語るだろう。人はもしかして、死を経験しあとでなければ、己の生について決定的な判断を下すことはできないのではないかと、男は思った。 「野原」より

 

人生とは? 

これだ!という答えは出ませんが、これではないだろう、とは言えそうです。世の中に役に立つことをした人だけが認められるわけではないでしょう。役に立ったとか、良いことをしたとか、そんなものさしだけで人生を測ることはできません。では、人生とは?

 

「野原」を読みました。小さな町の「野原」と呼ばれる墓所に毎日やってくる老人。そこで老人は死者たちの声を聞く。家族へ、恋人へ語るのは、心の傷、切ない愛情、感謝、情熱とあきらめ。読み進めるうちに、29人の死者たちの関係も少しずつ明らかになってきます。

 

全体として静かな語り口ですが、ときに鋭く刺す言葉もあります。しかし、読者はここに善悪を超えた人生の何かを感じることができます。どんな人生にもそれぞれの価値がある。死者たちの本音の言葉は読者に人間の尊厳について考えさせます。1ページ読んだだけで、よい小説だ、と感じるときがあります。自分がまだ知らない世界を見せてくれる作品。驚きと意外性、ユーモアがあり、冷徹だが温かさが伝わってくる文章。私はこの小説が好きです。

 

忘れろと言えば、酒について世間が言うことも忘れろ。酒を飲めば気持ちがいい。自分が持っている以上の力を出せるときもある。それに、必要なときには気持ちを落ち着けてくれる。酒は悪魔じゃない。夏の夜にお前の部屋に飛んできて、眠りにつくのを邪魔する太った蠅のほうこそ悪魔だろう。酒は単なる化合物で、自分でちゃんとコントロールできる可能性だって、なくはないんだ。だがな、酒場のカウンターに座っているときに、壁の化粧張りが生きて動きはじめたり、スツールの下を小動物が通り過ぎるのが見えたりしたら、そのときはもう一杯頼め。どうせもう同じことだからな。

 

言ってみろ、 愛してる! って。わかってる、お前の耳には、馬鹿みたいで噓くさく響くだろうな。でも、相手の耳にはそうは響かないんだ。俺は一度も言ったことがない。どうしてだかはわからん。言えなかったんだ。いろんな人に、言ってくれって頼まれたよ。期待された。要求された。何度も、何度も。でも俺は言えなかった。相手からは、しょっちゅう言ってきた  愛してる! ってな。で、相手も同じ言葉を俺から聞きたがった。俺は、愛は物々交換じゃないっていう意見で、だから言わなかった。ただの一度も。で、かなり確かなのは、俺がやっちまったなかでもそれが一番大きな失敗だったってことだ。 「野原」より