「あれはズッキーニですか?」
教室で2年生の男の子が話しかけてきた。何のことだろう。窓の外を見ると学年園が見える。夏休みの間に大きく育った緑の果実。生い茂った蔓は2メートルの園芸ネットを越えて隣の木をつたい、そのてっぺんまで達している。小学校教員なら誰でも知っている。これはヘチマ。4年生になったら理科で育てて観察する。しかしヘチマをどのように説明すればいいのだろう。食材ではないのでスーパーには売っていない。スポンジの代わり…。それを使っている家庭がどれくらいある?今の子どもはズッキーニを知っていてもヘチマは知らないということ。これは収穫。
永井玲衣さんの「水中の哲学者」を読んだ。読んでいると心の中から「あれっ…。」と小さなつぶやきが聞こえる。この感じは何かに似ているな。谷川俊太郎さんか。それともあの人。わたしはその言葉を待っていた。これは詩。
「対話はことばを交わすこと、考えを交わすことでもあるが、同時にわたしを眺めることでもある。余計な飾りを外して、わたしの手触りを確かめること」
宮沢賢治の「やまなし」。カニの親子は話している。輝く天上からやってくるのは、こわい「かわせみ」か。それともおいしい「やまなし」。銀色のあわがのぼっていくのが見える。これは童話。
「だが、そうだとしてもわかりあおうとしあいたい、とわたしは願う。完全につうじあわなくてもいい。わかりあうことはゴールではない。わかりあうのではない。わかりあおうとしあうこと。お互いに空を飛ぶことを夢見ること、それだけでいい。」
明日は子どもたちと何を話そうか。これはてつがく。
「水中の哲学者たち」永井玲衣著 晶文社
