谷川俊太郎さんが亡くなられました。
40年の教員生活の節目で私はいつも谷川さんの詩を読んできました。
「ネロ」の詩を紹介したのはまだ私が20代の頃。クラスで一番明るく元気な女の子が涙を流していたことを覚えています。死んだばかりの愛犬を思い出させてしまいました。佐々木さん、この詩のことを覚えていますか?
5年前に原西小学校へ新人教員の応援に行ったときは、この詩についての映像や詳しい解説を交えた授業をしました。私が全く気付かない視点から感想を書いていた子がいたので驚きました。
しかしネロ
もうじき又夏がやってくる
新しい無限に広い夏がやってくる
そして
僕はやっぱり歩いてゆくだろう
新しい夏をむかえ 秋をむかえ 冬をむかえ
春をむかえ 更に新しい夏を期待して
すべての新しいことを知るために
そして
すべての僕の質問に自ら答えるために
(「ネロ 愛された小さな犬に」谷川俊太郎)
人間とは常に人間になりつつある存在だ
かつて教えられたその言葉が
しこりのように胸の奥に残っている
成人とは人に成ること もしそうなら
私たちはみな日々成人の日を生きている
完全な人間はどこにもいない
人間は何かを知りつくしているものもいない
だからみな問いかけるのだ
人間とはいったい何かを
そしてみな答えているのだ その問いに
毎日のささやかな行動で
(「成人の日に」谷川俊太郎)
成人の日にはいつも子どもたちとこの詩を読みました。学び続けることに終わりはない。常に成長し続けてほしいという願いは伝わったでしょうか。
ひとつのたしかな今日があるといい
明日に向かって
歩き慣れた細道が地平へと続き
この今日のうちにすでに明日はひそんでいる
(「明日」谷川俊太郎)
卒業式の日に読んでいたのがこの「明日」という詩です。2年前に、もう40歳を過ぎた教え子たちが古くて色あせた学級通信をもってきて私に見せてくれました。「小さな約束」「小さな予言」「小さな願い」「小さな夢」。
そして今、67歳の学級担任が1年生の子どもたちに読んで聞かせているのが「ともだち」という絵本です。
ともだちと てをつないで
ゆうやけを みた
ふたりっきりで
うちゅうに うかんでいる
そんな きがした
ともだちと けんかして
うちえ かえった
こころの なかが
どろで いっぱい
そんな きがした
ともだちも
おなじ きもちかな
谷川さんのおかげで私の教員人生が幸せになったことは間違いありません。ありがとうございました。谷川さんの言葉はこれからも私の心の中で生き続けます。