1970年代、ジョンは毎年のように万平ホテルで夏を過ごしていました。
音楽活動は休業して育児に専念していました。
「ジョンは軽井沢にいるらしいよ」と聞いて、大学生だった私は「早く次のアルバムを作ってくれよ」としびれを切らしていました。
そして数年後、やっと復帰すると同時に、ジョンは永遠に消えてしまったのです。
そして川端のノーベル賞受賞後のインタビューで次のように答えています。
「次のノーベル賞は私ではなく大江だ」
人を驚かせるのが好きだったのでしょう。
三島の死は世界中の人々を驚かせました。
驚いた人々は本を読んで再び驚き、その魅力の虜になりました。
ニューヨークのティファニー本店の前に立ったときは悲しくなりました。
映画「ティファニーで朝食を」のオープニングシーンの美しさ。
あの面影はすっかり失われていました。
そこにあったのはどこにでもある雑然とした普通の街角の風景。
夏の万平ホテルは奇跡です。
「風立ちぬ」で見た美しい輝き、光と影がそこにありました。