退職教員の実践アウトプット生活

教育、読書、映画、音楽の日々雑感

多和田葉子著「白鶴亮翅」 朝日新聞

   2月から新聞で多和田葉子さんの連載小説「白鶴亮翅(はっかくりょうし)」が始まりました。私は毎朝これを読むのが楽しみです。「白鶴亮翅」とは鶴が翼をパッと広げるという意味で、太極拳のことばです。物語の主人公はドイツに住む女性。異国での暮らしには様々な驚きや発見があります。言葉や歴史の違いから生じたズレや誤解などが、ときにシュールに、ときにユーモアを交えて語られます。

 

   先週は、知人から「引っ越し祝い」を受け取る話がありました。ドイツでは引っ越したときに、塩とパンを持っていく風習があります。塩は「お守りみたいな麻の袋に入っていて」、パンは「身体をまるめて寝ているねこ」のようです。女性は、「引っ越しおめでとう」と言われて戸惑います。「引っ越しはおめでたいの?」その思考は時間や空間をかるく飛び越えて大きく羽ばたきます。多和田さんのウイットに富んだ文章はとてもしなやかで、人間や社会についての新鮮な気づきに満ちています。全身で空中に無数の円を描く太極拳のように。

マーク・トウェイン著 柴田元幸訳 「失敗に終わった行軍の個人史」新潮文庫

不条理なユーモアと悪夢

1か月前にカナダ人ALTと話したとき、彼女はウクライナのことを大変心配してました。

「何か恐ろしいことが起きそうな気がする」と繰り返し語っていました。

その後、戦争への心配は現実となり、今ロシア軍はウクライナ原発にさえ攻撃を加えています。

 

ウクライナの戦争のことを考えながらこの本を読み返しました。

この作品が発表されたのは1885年、今から100年以上前のことです。

南北戦争に参加した若者たちの奇妙な行軍が描かれています。

彼らは英雄になりたいと思って、自分たちで小隊をつくります。

しかし、戦争の大義は理解できてません。

何でも自分たちだけで決めようとするので、指揮系統もでたらめです。

まるで大学生がキャンプをしているような雰囲気です。

それが途中から敵の襲来に怯える恐ろしい状況となります。

追い詰められたようになってから、一人の男が近づいてきます。

彼らは相手をよく確かめないまま発砲して殺してしまいます。

それはどうやら敵とは関係のない通りがかりの人だったようですが、後悔してもその男が生き返るわけではありません。

戦争は決して英雄的なものではない、ということが口語的なスタイルで表現されています。

 

この作品は、米国でベトナム戦争が激しかった頃に再評価され、多くの若者に読まれました。

出てくる人物は何かしら過剰であり、人物描写はコメディのようです。

戦争の実態をこのような形で描いたマーク・トウェインの才能には驚くばかりです。

 

 男は軍服を着ていなかったし、武器も持っていなかった。この地方の住民でもなかった。男について私たちにわかったことはそれだけだった。彼をめぐる思いが、毎晩私を苛むようになっていた。私はその思いを追い払えなかった。どうやっても駄目だった。あの無害な命を奪ったのは、この上なく理不尽なことに思えた。そしてこれが、戦争というものの縮図に見えた。すべての戦争は、まさにこういうことにちがいない—自分が個人的には何の恨みもない赤の他人を殺すこと。ほかの状況であれば困っているのを見たら助けもするだろうしこっちが困っていたら向こうも助けてくれるであろう他人を殺すこと。私の行軍は、いまや損なわれてしまっていた。

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「農業フロンティア 越境するネクストファーマーズ」(その2)

先週は「オンラインありがとう集会」を見ました。この時期、小学校で実施される6年生に感謝を伝える行事です。前は体育館に全校児童が集まって行われていたのですが、コロナ禍でオンラインでの実施となりました。オンラインでどれくらいできるのかな、と心配していたのですが、オンラインならではの工夫があったので驚きました。

 

なぜ越境者が農業を刷新できるのか

 

前回のブログ記事「農業フロンティア 越境するネクストファーマーズ」のツイートに著者の川内イオさんからコメントをいただきました。本の紹介記事を書いたら著者からコメントをもらうこともできる、というのがSNS時代の恩恵ですね。川内さん、ありがとうございます。とても嬉しいです。

 

この本の紹介を続けます。この本のキーワードが「越境」。エンジニアからの転身、小松菜園を継いだネパール人、佐渡島でワインを造るフランス人など、分野を越えて、国を越えて日本の農業に挑戦する魅力的な人たちが描かれています。

もう一つのキーワードは「継承」です。親から子へ、先輩から後輩へ、地域のベテランから若者へと農業の技術だけでなく、そのスピリットが継承されていく物語が感動的です。

 

バラ農園会社「ローズラボ」を率いる田中綾華さんを紹介します。田中さんは、コロナ禍で花の売り上げが激減する中、バラを使った多機能スプレーを開発します。これは、田中さん自身が敏感肌のため、普通の消毒液では手に痛みを感じることから考案されました。バラを加工したローズウォーターからできたローズバリアスプレーは敏感肌の人でも安心して使えます。これはバラを超える売り上げを記録します。

田中さんは、大きな失敗を乗り越えてここまでたどり着きました。起業するときはよい条件が重なりました。継ぐ人を求めていた農地は見つかり、融資もおりました。しかし、1年目はすべてのバラを枯らしてしまい、赤字になりました。それでも2年目はバラのジャムの成功で売り上げは3000万円に伸び、3年目はバラの化粧品が人気となって1億円の売り上げを記録します。

 

「越境者」による新しい農業の創造。この本には女性が3人、外国の方が2人、登場します。今までにあまり例がない挑戦は、多くの困難が伴います。しかし、日本の農業を刷新できる力を持っているのは越境者だと感じました。今までになかった発想と実行力を持つのが越境者だからです。

内閣府「国民経済計算」「名目GDPに占める産業別割合の推移」によると、農水産業の割合はわずか数パーセントです。私たちの食生活に直結する農水産業の衰退は何としても止めなくてはなりません。子や孫の世代まで、地元で生産されるおいしいものを食べることができるようにしてあげたいと思います。日本の農業の復活のために私も何かできることを始めます。

 

「農業フロンティア 越境するネクストファーマーズ」川内イオ著 

「農業フロンティア 越境するネクストファーマーズ」川内イオ著 文春新書

 

スーパーに買い物に行くたびに気になること、それは野菜の値段です。例えば小松菜の袋入りは100円。安くて有難いのですが、農家の方はこの値段で採算がとれるのかな、と心配です。

この本を読んで分かったのですが、心配は現実でした。2017年の調査では、新規就農者の75.5%が「生計が成り立っていない」と訴えています。農業従事者の減少も深刻です。自営業で農業に従事している人の数は、2015年の175万7000人から2020年には39万4000人減少し、136万3000人となっています。

しかし悪いニュースばかりではありません。新しい形で農業を始める人たちが出てきています。それを紹介しているのがこの本。ここに登場するネクストファーマーズの皆さんはとても魅力的です。

新しい農業の創造は簡単ではありません。困難の連続です。その発展の経緯はどれもドラマチックな映画のよう。失敗してもそこから果敢に立ち上がる姿には思わず拍手を送りたくなります。

 

その中の一つ、「スーパーイエバエ」を紹介します。家畜の排せつ物はその9割がたい肥や液肥処理されます。しかし、たい肥になるまでは手間がかかり、処理センターは赤字になるところも多いのです。

この問題を解決するのがスーパーイエバエ。その幼虫は家督の排せつ物を短期間で食べ尽くします。さらにその糞が有機肥料になり、その幼虫は昆虫タンパク質飼料になるのです。しかも、この肥料や飼料は、植物や動物の成長を早めたり、収穫量を増やしたりします。この技術は環境問題や食料危機への解決策にもなるのです。循環型社会を実現し、人類の危機を救うシステムになるかもしれません。宮崎で生まれ、今は東京に拠点を置く、ベンチャームスカ」の創業者、串間充崇さんは、「これは人類を救う存在だと思います」と語っています。

 

農業の産業規模は8.9兆円に達します。しかし、戦後に作られた農業界のシステムは経年劣化して、維持するのが難しくなってきています。若い世代の農業従事者も増えません。それでも、多くの開拓者がいます。この本の著者は、取材で「今さえよければいい」「自分だけが儲かればいい」と考えている近視眼的、利己的な人に会ったことがない、と述べています。

川内さんのエネルギー溢れる文章は、農業に対するネガティブなイメージを変えるだけでなく、未来に対する確かな希望の存在を感じさせます。

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旅の仕方でその人がよくわかる 池内紀著「ひとり旅は楽し」中公新書

 先週で1年次教員6名の「まとめの授業」がすべて終わりました。1月以降は新型コロナウイルスの感染拡大により学級閉鎖が相次ぎスケジュールの変更もあった中、みなさんお疲れ様でした。これで私の仕事も一段落です。このあと3月までは、ゆっくり話ができそうです。

 

旅の仕方でその人がよくわかる 池内紀著「ひとり旅は楽し」中公新書

 

仕事の帰りに吉塚駅で列車を待っていたら見たことのない特急列車が止まりました。

列車を見ていると今までのいろんな旅を思い出しました。

 

退職してから何度か一人旅に出ました。夏休みでも冬休みでも連休でもない普通の日に旅行にいけるのが新鮮です。友人と旅行に行くことも多いのですが、一人の旅も同じくらい好きです。

著者は「旅の仕方でその人がよくわかる」言います。わたしが自覚しているのは「わがまま」「せっかち」。年寄りがのんびりしているというのは違います。せっかちなのです。そもそも普段、仕事では人にあわせなければならいことばかり。旅に出たときくらい自分の好きにしたい。

 

いきつけの宿は別荘のようなものと考えるといいのです。別荘に比べれば、多少の出費も安いもの。固定資産税も管理費も不要。これなら複数の別荘をもつこともできます。

わたしのイチオシ「別荘」はニューヨークのシィティズンMです。ここのいいところは交流スペースがたくさんあるところ。滞在中に多くの人と話ができました。屋上のパブも素敵です。初夏のニューヨークは白夜のように黄昏時が長く続きます。タイムズスクエアにあるこのホテルから見る夜景は美しすぎて言葉にできません。

 

 実をいうと、ひとり旅にとりわけ欠かせない必需品がある。無限の好奇心であって、それを自分なりに表現する。そのときはじめて旅が自分のものになる。

 よそへ出かけたからといって、別に新しいことがあるわけではない。変化はしていても新しくないのだ。旅先だからこそ新鮮で、えがたい冒険になる。新しさと冒険を自分でつくり出している。旅はするものではなく、つくるもの。旅の仕方で、その人がよくわかる。(本書「出かける前 まえがきにかえて」より)

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学校は会社ではない! 内田樹著「複雑化の教育論」東洋館出版社

先週の金曜日にメールがありました。

私が担当するY先生のクラスが、月曜から再び学級閉鎖。

学級閉鎖の数があまりにも多いので、閉鎖の基準は改定されることになりそうです。

 

学校は会社ではない! 内田樹著「複雑化の教育論」東洋館出版社

 

この四半世紀の間に、日本人の知性の発現が制度的に抑圧されている。もちろん潜在的には知性は豊かにあるんです。でも、それを発動できないでいる。

 最大の理由は「話を簡単にする人が賢い人だ」というデタラメをいつの間にかみんなが信じ始めたからです。話を簡単にして、問題をシンプルな「真か偽か」「正義か邪悪か」「敵か味方か」に切り分けて、二項の片方を叩き潰したらすべての問題は解決する…というスキームをみんなが信じ始めた。すべてを二項対立スキームに流し込んで、一刀両断する「スマート」な知性が過大評価される一方で、世の中は複雑であるということを認めて、その複雑な絡み合いを一つ一つ根気よくほぐしてゆこうとする忍耐づよい知性には誰も見向きもしなくなった。みんなが「スマート」になろうと、「話を簡単にしよう」と必死に努力を重ねてきて、その結果、国民的スケールで知性の衰えを招いてしまった。(本書52ページ「教育において最優先すべき知的資質」より)

 

20年ほど前の出来事を思い出します。

管理職の研修会に若い指導主事が来て講話をしました。

「これからの学校は企業の経営手法を取り入れていかないといけません。PDCAのサイクルの中には顧客満足度の評価も入れます。」

そのときに、大先輩の校長先生が強く反論しました。

「何を言っているんだ。保護者や子どもはお客ですか?学校は会社ではない!」

評価、競争、効率化などが必要なこともあるでしょう。しかし、それを強調しすぎると道を誤ります。

 

上位者の命令に絶対に逆らわない人間ばかりで埋め尽くされた組織は、たしかに一見すると効率的に運営されているように見えます。トップの指示が遅滞なく末端までぱっと伝わって、たちまち実現されるんですから。でも、シリアスな問題があります。それはトップが判断を間違えて、有害無益な指示を出した場合でも、「それはダメです」という人間が一人もいなくなるということです。(本書132ページ「無意味なタスクにならされて」より)

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今日のおすすめ Stan Getz ,Bob Brookmeyer “A Nightingale Sang in Berkeley Square”


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岡嶋裕史著「メタバースとは何か ネット上の『もう一つの世界』」 

新型コロナウイルスの感染拡大が止まりません。

先週の水曜日に私が担当しているT小学校の学級閉鎖は10学級でした。

 

 仮想現実の中にしか希望はない? 

 岡嶋裕史著「メタバースとは何か ネット上の『もう一つの世界』」 光文社新書

 

 電子掲示板やSNS、ゲームも一種の仮想世界でしたが、それがもっと高密度、広範囲になったものがメタバースだと考えるとよいと思います。リアルには移動の困難や身体的な限界、資金的な制約など各種のしがらみが存在します。仮想世界であればそれらの軛を解き放ち、もっと楽しくもっと充実した人生を生きられるかもしれません。メタバースはそういう可能性をはらんでいます。だからフェイスブックは社名を書き換えてまで、誰よりも早くここに手を伸ばそうとしています。(本書5ページ「はじめに」より)

 

 先日、新聞でメタバースの体験記事を読みました。記者は仮想世界の中で見知らぬ人と出合い、会話を始めます。そのうちに打ち解けて一緒に大笑い。仮想世界にいることを忘れてしまうほどに。聞けば相手は遠く離れた国からここに参加していることが分かります。何だか楽しそうだと思いませんか。オンライン英会話レッスンの実践編にもなりますね。

 オンライン授業を更に充実させることもできるでしょう。筆者は「セカンドライフ」という仮想世界での授業の実例を紹介していました。ゲームだけでなく、会議、医療、旅行、スポーツなど可能性はどこまでも広がります。これは今後かなりの勢いで活用が増えるとは思いませんか。

 

 健全ではない、と多くの読者は思うかもしれないが、このビジネスはおそらく今後も拡大する。自分と違い過ぎる他者だらけの空間で、四六時中穏やかに過ごすことはなかなか難しい。本当であれば、自分と違う他者を受け入れ、違いを尊ぶべきなのだろうが、違いは不平等に直結する。また、寛容はあらゆる行為の中で最も能力と資質、努力を要求するものでもある。(本書34ページ「プロローグ」より)

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